スポーツ・ツーリズムの成功事例とそのポイント、観光産業リーダーの議論を取材した

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた観光発展への機運は高まる一方だ。そんななか、ツーリズムEXPOジャパン「第2回アジア・ツーリズム・リーダーズフォーラム」では、スポーツ庁スポーツ総括官・平井明成氏が「知名度の低い地域にとって、観光客誘致は容易ではないが、そこにスポーツというイベントを持ち込むことで、地域活性化を図ることができる」と、スポーツ・ツーリズムへの期待を表明した。

本レポートでは、同フォーラムで語られた持続可能なスポーツ・ツーリズムのあり方を報告する。

  • パネリスト:
    • 岡西康博氏(東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部企画・推進統括官)
    • ゴープガーン・ワッタナワラーングーン氏(タイ観光スポーツ大臣)
    • ダト・マーク・ヨー・シオック・カー氏(YTLホテルズ・エグゼクティブ・ディレクター)
    • 田ケ原聡氏(近畿日本ツーリスト代表取締役社長)
  • モデレーター:
    • グレアム・ミラー氏(サリー大学教授、和歌山大学特別主幹教授)

アクセシブルな五輪実現のカギは、国民の意識変革にあり

東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部企画・推進統括官の岡西康博氏は、政府が掲げる持続可能なイベント方針の中で、特にパラリンピックでは「世界が驚嘆するような」、だれもがアクセスしやすい大会の実現を目指している点を紹介した。同大会を機に、体の不自由な人、高齢者、子ども連れ、多様な宗教など、ダイバーシティを許容する社会実現につなげることは、訪日外客拡大にもつながる考えもあるという。

一方で、東京の現状ではフォーラム参加者から「ベビーカーや車いすでは、公共交通機関や飲食店などの利用が非常に困難」との声も上がった。モデレーターのミラー氏は、欧州でアクセシビリティに関する調査をした際の経験から「実は、周囲にいる数人が手を差し伸べるだけで解決できる問題が多い」と話す。トレーニングされたスタッフや、周囲の人たちの積極的な手助けで、ほとんどの場所に到達できるケースが多いと考えているという。同時に、ネットを介して利用者が事前に状況確認するための情報提供やテクノロジー活用も重要と提言。重要なのはインフラ整備だけなく、事業者や国民の意識改革が大きなカギになる点を指摘した。

岡西氏は、オリンピック参加国の事前合宿などの事業を見据えたホストタウン事業などで草の根レベルの交流が深まることが国民の意識改革につながり、ゆくゆくは観光振興に役立つものとみている。

スポーツが、タイ観光の地域格差を解消する

タイから来日したゴープガーン観光スポーツ大臣は、スポーツ省の使命を優秀な選手育成のほかにスポーツ・ツーリズムによる観光産業の地方への拡散を重視している。

タイの観光産業は順調に推移しており、今年の受け入れ観光客数は推定3200~3300万人と、昨年(2980万人)を上回る見込み。国連世界観光機関(UNWTO)統計でも、タイは観光客数では世界第11位、観光収入で第6位だ。しかし大臣は、大都市や特定地域に観光客が集中してしまうことが環境問題や富の格差といった問題を生んでおり、「持続可能な観光になっていない」と指摘する。

その状況のなか、旅行者を分散するためにタイ政府が着目したのがスポーツ・ツーリズム振興だという。かつて、地元の人が「観光客が喜ぶようなものは何もないところ」と言っていたカンチャナブリでは、数年前に自転車ブームが到来。コープガーン大臣は「今まで見過ごしていた景色を再発見し、観光資源の発掘につながった。これこそスポーツ・ツーリズムの恩恵」と評価した。

ニセコで教育・雇用も提供するYTLホテルズ

YTLホテルズのダト・マーク・ヨー・シオック・カー氏は、今や世界的なスキーブランドに成長した「ニセコ」について、2010年春、シティ・グループからニセコ・ビレッジを買収した後の軌跡を紹介した。

同氏は「官民の協力体制が大きな威力を発揮した」と話し、ニセコ市長を始め、倶知安町、札幌市、北海道庁当局の支援が、ニセコを国際的なスキー・デスティネーションに発展するのに不可欠だったと振り返る。2009年から2014年の間に、ニセコでの宿泊数は20万9700泊から44万300泊まで拡大。この間、マレーシアとタイから直行便が就航したことや、米国市場向けのPRが奏功し、海外メディアでの「ニセコ」「パウダースノー」の認知度向上などがビジネス拡大に効果的だったという。

2020年には高級ブランドホテル、リッツ・カールトンが開業予定だ。一方、冬の収容規模が限界に近づくなか、次の課題はシーズナリティの拡張で、今夏から本格的に夏のニセコ販売に取り組みだしている。

マラソンや自転車イベントで地域を活性化

旅行会社を代表して登壇した近畿日本ツーリストの田ケ原聡代表取締役社長は、同社が運営する新事業を紹介した。

同社新事業の温泉ランナーズスペース「Run for 湯」は、皇居周辺などにある銭湯が提供するランニング・ステーションと同様のサービスの全国版。ランナー向け情報の投稿・検索サイト「ラントリップ」と提携し、全国各地の温泉旅館などをランナー向けに紹介している。温泉と、自然豊かな景観の中でのランニングをセットにした需要を喚起し、スポーツ・ツーリズムによる地方創生へとつなげたい考えだ。

リスク把握と回避に必要なものは?

続くパネルディスカッションでは、スポーツ・ツーリズムが地域にもたらすマイナス影響についても語られた。

マイナスの影響としては、大会のために建設したインフラによる財政圧迫への懸念が目立つ。目下、東京五輪の準備に奔走する岡西氏は、「今、まさに東京五輪で苦労しているところで、どれだけ恒久的な施設にするか、あるいは仮設施設にするか、議論は続いている」と話す。

事実、五輪への投資によるマイナス影響が続くアテネでは、イタリア・ローマ市長が今秋、2024年五輪の誘致競争からの撤退を決めた状況もあることに言及。しかしミラー氏は、「日本が20年後に2020年を振り返ってみたとき、観光産業の振興や、価値観の変革など、『五輪を通じて実現できたはずの恩恵を逃してしまった』となる状況がもっとも懸念すべきリスクではないか」と問いかけた。さらに持続可能なスポーツ・ツーリズム振興の気運がしぼんでしまい、中途半端に終わるというリスクも指摘。例えば政権交代や、別の緊急課題が浮上し、風向きが変わってしまう可能性もあるという。

こうしたリスクを回避するために何ができるか。ミラー氏は、観光産業界がスポーツ・ツーリズムの分野についても、その経済的・社会的な恩恵や、持続可能性の高さなどのメリットを周知徹底する手段として、価値を計測する指標が必要だと訴える。例えば、経済指標や観光客の数、宿泊数、収益などに加え、集まった観客がスポーツに参加した場合の効果、国民の健康に及ぼす影響、自国へのプライドや自尊心、平和への思いがどのぐらい上昇したのか、などを示す指標策定への取り組みについて、「難しいとは思うが、考えるべき」と主張した。

同フォーラム終了後には、UNWTO、日本旅行業協会(JATA)、太平洋アジア観光協会(PATA)の3団体共同で、今回の議論での趣旨をまとめた「東京宣言」を発出。「持続可能な観光の発展は、世界において重要な政策である」「アジアが世界の持続可能な観光の発展をリードする」「日本が観光の質的な成長をリードする」「スポーツ・イベントなどMICEは、観光と地域の持続的な発展に大きく貢献する」の4項目が、同宣言に盛り込まれた。

取材・記事 谷山明子

 

トラベルボイスより転載

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