「星野リゾートの事件簿」を聞いてきた、星野代表が学生に語った全社戦略から成長を支える組織のあり方まで -採用セミナーより

星野リゾートは先ごろ、就職希望者を対象にした採用セミナー「ジョブフェア」を開催。代表の星野佳路氏が「星野リゾートの事件簿」と題し、ビジョンや事業概要、組織文化など全社戦略を語った。

“事件”として取り上げたのは、あるリゾートの再生案件に従事していた新入社員からの全社宛てメール。合意事項が予定通りに実行されない状況を強烈に批判する内容だった。社内に波風が立つなか、星野氏は問題提起をしたその社員にこっそりエールを送り、行き先を見守ったという。それはなぜか―。

星野氏は「現場の課題はどの企業にもある。それに対するアプローチに違いを求めていきたい。そこに星野リゾートらしさがあり、競争力を高めると考えている」とした上で、“事件”のメールが「社内の意見を活発化し、その部署を変えた。言うべきことを言うことが組織を前進させることを、全員が理解できた事例だった」と説明。「なぜこういうことが星野リゾートで起き、それを奨励しているのかが今回の最大の趣旨」と語りかけ、講演を始めた。

企業が置かれている現状

まず星野氏は、現在のコモディティ化(商品の特性がなくなり、企業が競争優位を持続できない状態)を生む背景として、(1)顧客満足度が高い状態が当たり前となり、(2)ビジネスの“定石”が手に入りやすくなって誰でもしっかりと経営できる時代になったという、2点を説明。「コモディティ化の中に入らず、真似されにくい独自の活動に集中してリソースを割いていく、これが星野リゾートの考え方」と強調した。

そのために行なっているのが、アメリカの経営学者であるマイケル・ポーターが提案する「独自の姿への3ステップ」。(1)生産性のフロンティアを達成する、(2)トレードオフを伴う独自の活動を選択する、(3)活動間にフィット感を生み出す、のことで、星野氏は「これが理解できると、星野リゾートの戦略を理解できたこと」という。

星野リゾートのケース

例えば、「星野リゾート青森屋」の再生では、改善策の一つとして青森らしさを表現するために、津軽三味線や青森ねぶた囃子などの伝統芸能の無料上演を始めた。すると業績が回復しはじめ、パフォーマンスが上がってきた。しかし5年くらい経つと、青森の温泉地ではねぶたや津軽三味線をする旅館が増えた。

「星野リゾートトマム」の夏の目玉となった雲海テラスでも、同様の現象が起きた。スキー用のゴンドラを夏期に活用したものだが、その開始1年後には大手旅行会社のパンフレットに、ゴンドラを利用して雲海を見るリゾートの特集が出るようになった。

これについて星野氏は「ビジネスの世界では“ベストプラクティス”を真似ることは良いこと」とし、「問題はなぜ簡単に真似できるのか」だと指摘。それは「トレードオフ(一方を選択すると他方を犠牲にする状態)を伴わない活動で、誰でもリスクを負うことなくできるから」だと説明する。

とはいえ、星野氏はこれらの取り組みを「やるべきことだった」と断言。なぜならこれが“生産性のフロンティアの達成”だからだ。これは、あるコストで最大の価値を作ること、またはある価値を提供するためのコストを最安にすることであり、ポーターによると「スタートラインに乗ること」。星野氏は「やるべきことをしっかりやっている状態」と説明する。

では、星野リゾートのトレードオフとは何か。それは「運営特化」。そのメリットは借金の必要がなく、迅速に展開ができること。2001年に1軒目の軽井沢を運営してから16年で35軒に拡大し、海外進出も果たしたスピード感は、運営特化したからこそだという。

一方、このメリットを得るために犠牲としたのは、旅館・リゾートの「所有」。星野氏は、リゾートが利益を出し始めると最も儲かるのは所有者であり、運営に特化することは利益を得られる一番いい状態を捨てることだとし、最終的な意思決定権がなくなるため、自身がクビになる可能性もあると説明。「かなりの犠牲を伴う活動であり、だから真似されない」という。

3つ目のステップを支える組織力

3つ目の「活動間にフィット感を生み出す」は、各活動を補完しあう関係を作ること。星野リゾートでいえば、「運営特化だからこそ展開が早くブランディングがしやすい」。つまり、「星野リゾートの戦略は運営特化戦略とそれを動かすサービスチームによって支えられ、そのチームは星野リゾートの組織のあり方が支えている。これらの活動一つ一つに犠牲が伴うので真似されにくく、独自の姿を維持できる」とし、だから「星野リゾートはフィット感を重視しながら、ポーターの3ステップを大切に行なっている」と説明する。

このフィット感を生み出す活動で特に星野氏が重要だと強調したのが、星野リゾートの特徴である「ガン・ホーな組織、人材」。組織論で有名な経営学者のケン・ブランチャードの著書「Gung Ho!」(邦題:1分間モチベーション「仕事に行きたい!」会社にする3つのコツ)のコンセプトを日本でいち早く取り入れた企業だという。

その内容は、規制緩和や自由化が進む現代において、競争優位を築くために残されたリソースは社員一人一人の頭脳であり、活用できる頭脳が多いほど競争力があるという考え方だ。経営者がすべき仕事は、ビジョンとゴールを明確にし、組織図を逆にしてフラットにすること。そうすれば社員一人一人が考え、自分で行動をし始めるというのが、ブランチャードの理論だという。

これを踏まえて目指した「ガン・ホーな組織」のキーワードは、(1)明確なビジョン、(2)ぶれない戦略、(3)正しい議論。社員一人一人が自発的に行動できる環境が、星野リゾートらしさを作り出す。だから、徹底的に議論した結果の決定事項は、それが自身の反対意見だろうと全力でサポートをしていく。「社員の頭脳を活用しようとする組織のあり方は真似しにくく、トレードオフを伴うものと思っている」。

海外展開の課題と優位性

世界に目を転じれば、ヒルトン、マリオット、ハイアットなどグローバルなホテル運営会社があり、珍しいことではない。海外展開においては、運営特化戦略が競争優位にならないという課題がある。

ところが星野氏は今、世界のホテルは転換期にあると指摘。その背景の一つが、10~20にも膨らんだ大手ホテルのブランド多様化だ。同一都市に複数のプロパティを展開するために異なるブランドが必要だったたが、星野氏は顧客セグメントが20もあるはずはなく、消費者にとって混乱する結果になっていると指摘。

ホテルはコモディティ化し、これに乗じて、ヒルトンやマリオットなどの大手ブランド名のまま、中身だけを安い手数料で運営だけを請け負う会社もでてきた。利用者の直接の評価がみられるクチコミサイトやOTAが活況なのは、ブランドに対する信頼度の低下を反映しているものだという。

星野氏は、この混乱状態が後発の星野リゾートにとってチャンスと見る。「彼らは巨大だが万全ではない。大切なのは、これから日本でも海外でも戦うために何をトレードオフとして迫るかだ」と力を込める。

海外でも“事件”発生中

星野氏が海外での競争優位性としたのは、「日本のおもてなしによる“日本旅館メソッド”」。マスター(主人)とサーバント(使用人)の文化を背景とする西洋のホテルサービスは、顧客の要望に応えることが基本だが、「日本旅館のおもてなしは違う。旅館の世界を提供している」と星野氏はいう。

例えば「星のや」には「日常の多忙さを忘れられるように」とテレビを置いていない。宿泊客も、提供者のこだわりに期待している部分があるという。だから日本旅館メソッドは、サービスそのものをコモディティ化させないものだと考えている。

星野氏は2015年4月にタヒチのランギロア島にオープンした「Kia Ora(キアオラ)ランギロア」の運営で、日本旅館メソッドがグローバルに通用すると確信したという。運営受託後、定められた業務を忠実に遂行していた同リゾートのスタッフに対し、星野氏が「考えるのが仕事」と伝えたところ、堰を切ったようにスタッフから様々な意見が出てきた。

タヒチのリゾートと言えばボラボラ島が有名なため、星野氏が「ボラボラ島とは違うことをしなければ勝てない」との考えを示したところ、スタッフからは「ランギロア島はボラボラ島よりも素晴らしいのだから、正々堂々と戦う」という意見が次々と発せられ、譲らなかったという。

ということで、キアオラではその方向で調整しているところ。星野氏は「ビジネス戦略上はスマートではないが、バトルして気づくこともある」という。「ガン・ホーな組織」だからこそ起きる“事件”は海外まで波及しているという。

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記事:山田紀子

トラベルボイスより転載 www.travelvoice.jp

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